昭和50年05月23日 朝の御理解



 御理解 第93節
 「氏子が神と仲良うする信心ぞ、神を恐れる様ににすると信心にならぬ、神に近寄る様にせよ。」

 神様を遠くから拝むのと離れてから拝むのとは気分が違います。気分が違うと言うのは、遠くから見かけたのと傍でお会いするのと違う程に違って来ると思う。それは神様はどこにでもおられます。どこから拝んでも神様を身近に頂く事は出来ます。かと言うてならお広前にお参りなさってお引き寄せを頂かれて、ご祈念をなさるのでも遠くから拝むのと傍から拝むのと言うたら、所謂神様を身近に感ずる感じないと言う程に違う。
 どうでしょうか皆さんご祈念をなさるのに後ろの方から拝むより、この前に出て来て拝んだ方が、確かに神様を身近に頂く事が出来るのです。そりゃ皆さんご承知の様に私くしはどこへ参りましても、何処に行っても一番前に座らせて貰う。ご本部参拝させて頂いても、御神前の一番正面に出る。御本部参り奥城にやらして頂いても、一番正面に出て拝む癖がある、こりゃもう二十五年間お参りする度んびにそうです。
 だからそういう私共が神様に近寄ろう、近寄ろうとさせて頂きますと、神様がそう言う道を開けて下さる様に思うんです。もう私共が御本部参拝させて頂いてから、あれだけ沢山な何万の人が大祭の時など、お参りしとりますので、あの狭い奥城の所ではもう、奥城の前後、横と言う様に。奥城を取り巻いて皆んながこうやってご祈念をなさっておられますから、合楽のお参りの時に、まぁだ金光様の奥城のほんな正面の一番前でご祈念をさせて頂かなかった事がない。
 何時とはなしにそこの、私共がお参りを致しますと、百名参られれば百名の者がちゃっとあすこに座られる様に、お繰り合わせを頂きますね、何時も。あれは私共が神様に近付こう、近寄らせて頂こうと言う思いが強ければ強い程、神様も又近寄らせよう、近寄らせようとする働きがある印です。私共が知らなければいけません。もう遠慮は要りませんね。そりゃ人を押し退けてと言う訳には行きません、けれども出来るだけ神様には近寄る様にしなければいけません。
 そうすると神様の方も又近寄らせようとする働きがあります。かと言うてならお道の信心の、私共が頂いとる神様と言うのはです、何処におっても、此処に神様を感じる事が出来る。所謂、神我と共にありと言う実感を頂く事がでける。如何にもそれがこう矛盾しておる様であるけれども、矢張り神様へ向かって御祈念をさして頂く、拝まして頂くと云う時にはそう言う私くしは、神様へ近付かせて頂くと言う、そこには神様の方が近寄って来て下さる。そういう働きを見せて下さる。
 かと言うてならお互いがそれぞれの生活の現場で、そこに神様をここに感ずる事が出来る。それには勿論金光様を心の中に念じ続けると言うか、頂き続けると云う事でしょう。それを私は身近に神様と仲良うすると云う、身近に頂けると云う事は、最近合楽で言われとる心行以外にはない様に思います。心行は何時でも何処ででも出来ます。心行をしておると云う事は、神様を見、ここに頂いておると言う事なのですから、言わば打てば響く様に、神様の働きをそこに見たり、聞いたりする事が出来ます。
 神と仲良うする信心とは、そう言う様な事を教えておられると思います。だからどうでも一つ、ならお参りをして来るなら、一番前で私が一緒に親教会にお参りになる方達なんかは、皆んながご承知でしょうけども、私くしはお広前の此処ん所へ(ご結界のすぐ下、一段高い仕切り)出て来てから、半分はこちらの取り次ぎの間の方へ身体を乗り出す様にして拝みます。
 特に霊神様を拝む時には、善導寺の親教会はここに親先生の大きな写真が上っとりますからもう、写真とこうやって物言い合う様な気持ちで傍から拝みます。遠くからポンポンと手を打って拝んだって、一つも何かこう身近なものを感じ得られません。本当から言うたら、どこから拝んでも同じだと言う理屈も成り立つ信心です、けども、実際問題と致しましては、矢張り神様の間近に寄せて頂くと云う事が有り難いですね。
 かと言うてなら何時もなら神様の前に座っとるわけに行きませんから、なら何処におっても、それは便所の中であろうが、お風呂の中であろうがです、私共が心の中に何時も心行を心掛けさせて頂いとるところに、神様は何時も我れ神と共にありと言う実感、感じ又はそう言う働きを身近に感ずる事が出来ます。まそう言う様な事と思うのですけれども、最後のところに神を恐れる様にする、と言うところがあるね、神を恐れる様では信心にならん、神に近寄る様にせよ。
 神を恐れる、ここが教祖の神様の信心の、まあご自身が体験をしておいでられるからこう言う御教えがあると思うです。今でもそうですけれども、百年前の日本と言うのは、もう大変言わば迷信が強かった。取り分けこの金神游行と言う事に付いては、もう本当に私共から想像も付かない様な金神様との関係はそうであった。家を例えば建てるにも、言わば家相を見るというか、旅立ちをするにも矢張り。
 先日三、四日前、北野から参って来た方がありましたが、自分所の家にも随分百年も、その上も経った様な大きな木がある。所が隣のご夫婦が、住んでおられる方が兎に角弱い、身体が何時も病気をしとられる。それがある所に参られたら日が当たらんからだと言う風に言われた。それが隣に木を切って呉れと言う、家のこの大きな木があるから、あなた方が切って呉と言いなさるなら切りもしましょう、けれども又中に町会議員の方も立ってから見えたから切る事になさった。
 そして切る事にした所が、あヽ切ってしもうてからです判った事は、月金神の日金神の日に切ったと言う、事でした。私くしはどう云う意味か解りませんけど、それがね月金神であると同時に日金神の日じゃった。ほうてこりゃで今度は向こうは、向こうを助けてこっちが助からんごとなってしもうてからもう、本当に残念な事だと言うて心配しよる所え、合楽の金光様の参るならそげんとはすぐ、なんと言うですかね。
 まぁ合楽の金光様では、そげな事は言いなさらんと言った様な事を聞かれて、わざわざタクシーでそのう参って来ておられます。したらそんな事は問題で無いと云う事を、問題じゃないちゅ事を。問題じゃ無いと言うても承知しなさいませんから、神様に私がお詫びさして頂いとくから大丈夫だと言う風に。之で安心したと言うてま帰られましたけれども、今でも矢張り、月金神の日金神のと言う様な事を本気で考えとる人達が沢山あると言う事です。その人に言わすれば。
 言うなあば金神よけをしなければいけなかった、と言う訳なんです。旅立ちをするでも兎に角着物を裁ったり、種を播いたりするでも、矢張りこの金神様の許しを得なかれば、良くない事が起こって来ると云うな事を迷信しておった時代が、今よりももっともっと強かった時分であります。生来大変信心深いお方ですから教祖様はね、それこそ何処のお宮様でも何処のお寺様でも、それこそ藪神小神の前を通るでも一礼をしてお通りになると言う程しに、信心の手篤いお方でありましたから。
 当時そう言う金神游行の事を、やっぱりしっかり守られる。家を建てられるに致しましても、言わばそれを見る人が当時あったんですね。それでそれがその、法(祝詞では?)をちゃんとしてお家を建てられると言う様な、だから折角建てられたお家に入ってはいけないと言われるので、暫く納屋の方に住んで、その金神様の許しのあるまでは、その母屋の方には入られなかったと言う様に、行き届いた事をなさって居られます。
 それが四十二才のあの御大患んの時に、もうそれこそ生か死かと言う様な、湯水も喉に通らないと言う様な時に、金神様からお伝えがあった。豹尾金神に、言わば無礼があると言うお知らせがあった。そこで奥様のお父様である所の古川八百蔵と言う方が、他所の家ならばいざ知らず、他所の人ならばいざ知らず、この家に限って、この家の主人に限って、豹尾金神に御無礼のある事はない。
 ちゃんとするだけの事はして、見る所はだけは見て家は建てた。だから御無礼はないと言うてその、金神様にねその事の模様を石鎚の神と言う神様が、教祖様が大変死ぬか生きるかの大病ですから、親戚の方達が集まって一生懸命ご祈念をなさっておられた。そしたら急にその石鎚の神様と言う神様が出られましてね、そしてそのうこちらの主人がこんなに病気をしておるのは、豹日金神に無礼があったからだと仰る。
 そこで豹尾金神に無礼はなかった、ちゃんと見る事だけは見た、しかもこの家の主人はいうなら実意丁寧な信心者であって、そう言う御無礼のある様なな事はなかったと言うて、神様に反対に食って掛かられたと言う。それを寝床の中で聞いておられた教祖様が、這い這いをして、ごそごそ這うて出て、神様の前に出られて。只今氏子の申しました事は間違いで御座いす。どんなに方角を見て建てたとか、その法を以ってしたからと言うても、人間氏子の事で御座いますから。
 何処にお粗末が御無礼があったやら判りません、只今氏子の申しました事は平に平にお赦し頂きます様にと、心中祈念なさいますと途端に物が出なかったのが出る様になられた。そしたら石槌の神様がこの家の主人は行き届いておると、五月の一日には聴を見せると仰ったと言う事です。そして五月の一日にはもう何日かだったでしょうけども、床上げをして、全快の御祝いをなさったと言う事が御伝記に残っております。
 そういう例えば時代ですから、もう金神様と言やぁもう愈々、悪神邪神の様に言うてです。言うならば或る場合は金神様を封じたり、或る場合にゃ金神様の居られない方を依って歩くと言う様な事を言うならば、それをそうする事が当たり前の事の様にして生活をしておったのが、当時の人達のまあ日常であった訳です。それがなら今でもやっぱりそうでしょうが、それこそ月金神の、日金神のと言うて金神様が游行される。
 その方角に行くと知って向えば命取り、知らずに向かうても眼を取ると言う程しに、あらたかな金神様であると云う風に言われた。だからもう金神様と言うのは、もう言うなら厄病神の様に思うた、兎に角金神様のおられない方へ行かなければ、それこそ障らぬ神に祟りなし、と言うのはそう言う様な事から出たのであろうと思います。そう言う人がです恐れおののく様な金神様に対してですら教祖様は、まだ教祖様とか神様から色々とお伝えがある様な時代ではない。
 一お百姓さんであった時にです、その金神様へ向かってもう実意の限りを尽くされた。知って向かえば命を取られる程しの、知らずに向かうても眼を取ると言う程しの神様ならです、又こちらが実意をもって真心をもって接して行ったならばです、眼を下さる事もできるだろう。命をまた新たに下さる事の出来れる神様に違いはないと、まあ着眼された所に教祖様の信心の素晴らしさがあると思うです。
 もうさわらぬ神に祟りなし、もう出来るだけ金神さんの御座らん方をしらべて、金神さんの御座らん方へ、御座らん方へとすると言うのがその当時の、もしも金神様の方へ向う様な時に金神様を封じる、何か方法があるんだそうです金神様封じと言うのが。と言う様な事までしてそのう金神様をおそれておった戦いておった時代にです、教祖様は、それを反対に、そう言う悪神邪神と云う風に言われる神様にもです、それこそ実意の限りを尽くして近付かれた。
 私くしはそう言う様な体験をご自身持っておられる所に、神を恐れる様にしてはならんと言うのは、そう言う事からの教えであろうと思います。それでも次々と難儀な事が続いた。七墓築く様な事が続いた。それでも惟ではまあだ氏子の誠が足りぬから、惟はまあだ私共の実意が足りんのだから、何処にお粗末御無礼があるか解らんからと言うて、詫びて詫びて詫び抜かれて、その悪神邪神と言われたその金神様に向かって、どうぞお向きを変えて下され、お向きを変えて下されと言うて近付かれた。
 所が余りもの教祖の神様の信心の実意丁寧さにも、ほとほとと感心された事になったのが、金神様言わば教祖様と言う事になって、そしてなら金神様が愈々向きを変えられる事になったら、それは実を言うたら天地金乃神様の、それこそ慈顔溢れる様なお姿に変えられたと言う所に、お道の信心の始まりがあるのです。だから信心にはです私くしは、矢張りこのーどう云う様な事であっても、それを実意で頂くと言うか、又はお試しと言うか、私共が沢山の人間が天地金乃神様を拝む事が出来。
 またその御恩恵に浴する事が出来る様になった。と言うのはそもそも教祖様のそう言う、実意丁寧な神信心、神を恐れるのでなくてその神様へ近付いておいでられた。七墓築く様な事が次々に起こって来る、来たけれどもまだまだ自分の信心が出来んからだと云う風にして、近付いておいでられた所に、金光教が有った訳です。御参りしよったっちゃ、こげなこつのあるなら参らん、と例えば言う様な人も沢山あります。
 そう言う時にはまあだこちらの信心が足りんからだと、信心を一段と進めて行けば、そこからおかげが受けられると教えられておられます。金神様へ向って言うならば所謂金神と云う物は、だから教祖の前にはもう無くなられた訳です。しかも金神様とばかり思うておったその神様がです、実意丁寧神信心と仰せられる、教祖の神様の実意丁寧な信心に、言わば現れなさった神様が天地金乃神様なんです。
 其処までに行かれる迄には、ならそれこそ恐れられるでなくてその神様に、実意丁寧平身低頭して神様の前に近付いておられる。そう言う御信心経過を、ご自身が持っておられる所からです、私しは氏子が神と仲良うする信心と云う様な、お言葉もまた、最後に、神を恐れる様にしてはと仰せられておられる。御教えが惟は金光教の信心でなからなければ、とてもここを体験した者のでなからなければ、こう言うみ教えは頂けないと思います。前半に申しました様に神に近寄る。
 神様を何時も身近に頂くと言う事を、例えば御祈念をさせて頂くでも、矢張り神様の一番前に出て来て拝むのと、後から拝むのとは気分が違う。遠くから見るのと近くから見る様に気分が違う。そう言うな実感と言うか、体験と云う物を段々作って来ると、神様の方へ近付くかなけりゃーおられんのです、近付かなければおられんと言うこちらが心の状態が開けて参りますと、神様の方が近寄らなければおられ無い道を開いて下さると言う事を申しましたね。
 同時に私共がです、それぞれのなら生活の現場で、神様をずうっと頂き続けると云う訳には行きません。お社を持って回る訳には行きません。けれどもこちらの心掛け次第では神様を身近に、言うなら神様は我と共に何時もあるんだと言う実感をもって頂く事も出来る。それを心行によると今日は聞いて頂いたですね。そこの辺りは如何にも矛盾する様ですけれども、矛盾ではないです。と云う事と同時に、教祖様のご信心の姿勢態度と言うか、当時悪神邪神の様に言われた金神様へ向かってですからです。
 お詫びをし貫いておられる。唯今氏子の申しました事、と言うておられます。お詫びをしておられます様にです。生身を持っておる、凡夫の事で御座いますから。それは人間の考えでは、もうお粗末がない様に、ない様にと言う。手を尽させて頂いとりますけれども、人間凡夫の事で御座いますから、何処にお粗末ご無礼があるやら解りません、と平にお赦し頂きます様にと言う様な姿勢であります。
 と以て恐れる所か、その神様に癒々近付かれた時にです、天地金乃神様はです、もう今迄かってこう言う、実意丁寧な氏子をまだ見た事がなかった、と、神様の方が驚嘆される。神様の方が驚かれる程しであった。そこでその金光様にいや教祖様にです、天地金乃神様がその方の様に実意丁寧神信心しよる氏子が、世間になんぼうも難儀な氏子がある、取り次ぎ助けてやって呉と言う様なです、所謂立教神伝に見る様な神様が、教祖の神様に辞を低うしてお頼みになる様な事にまでなって来た。
 そこから金光教が生まれておると思わせて頂けば頂く程です、恐れる様にしてはならないと言う事も解りますし、成る程神に近寄る様にしなければならない。神と仲良うする信心でなからなければならない、と言う事が解ります。遠くから拝んでは交流しない感じがします。傍におると如何にも神様と交流する様な物を感じます。それが信心なんです。神様と何時も交流しておれれる、そこに私しはそれを愈々確実なものにする為に、愈々心行を怠ってはならんと思いますね。
   どうぞ。